東京地方裁判所 昭和44年(ワ)12758号 判決 1970年10月09日
原告 株式会社エンゼル産業
右代表者代表取締役 山本カヲル
右訴訟代理人弁護士 久野幸蔵
被告 玉木久子
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 山登健二
主文
一、原告の請求はいずれも棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
(一) 原告、被告玉木久子との間において、別紙物件目録記載の建物につき、同被告が存続期間昭和四〇年三月一六日より二〇年間、賃料一ヶ月金二七、〇〇〇円、賃料支払時期毎月二五日に翌月分を前払、店舗および住居を使用目的とする賃借権を有しないことを確認する。
(二) 被告らは原告に対し、前項の建物を明渡せ。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに第二項につき仮執行の宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
主文第一、二項同旨
の判決。
第二当事者の主張
一、請求原因
(一) 原告会社は昭和四〇年二月一六日、被告玉木久子に対し原告会社所有の別紙物件目録記載の建物部分(以下本件建物という)を次のとおりの約定で賃貸し引き渡した。
1 使用目的 店舗および住居
2 賃料 一ヶ月二三、〇〇〇円(昭和四四年一月以後二七、〇〇〇円に改訂)
3 賃貸期間 二〇年
4 賃料支払方法 毎月二五日限り翌月分を原告の住所に持参して支払う。
5 被告が賃料の支払を二ヶ月以上怠ったときは何らの催告なくして賃貸借契解を解除しうる。
(二) 被告玉木は昭和四四年六月以降の賃料の支払をしなかった。
(三) 原告会社は同年八月二四日頃到達の内容証明郵便で同年九月一八日までに同日までの滞納分を一括して支払うよう、もし右期間内に支払のないときは本件賃貸借契約を解除する旨の催告および停止条件付契約解除の意思表示をなした。
(四) しかるに同被告は右支払期間内に右滞納賃料の支払をしなかった。よって本件賃貸借契約は右支払期限である同年九月一八日の経過をもって解除されたものである。
(五)1 被告渡辺利司は本件賃貸借契約成立直後、本件建物に入居し「ひさご寿司」の名において寿司店を営んでいる。
2 本件賃貸借終了後も被告玉木はこれを争い、現に被告らは何ら正当な権原なく原告会社所有の本件建物を占有している。
(六) よって、原告は被告玉木との間において同被告が本件賃貸借契約に基づく賃借権を有しないことの確認および被告らに対し、本件建物の明渡を求める。
二、請求の原因に対する認否
(一) 第一項は第二号中、賃料改訂の年月日および第四号全部を否認し、その余の事実および昭和四四年六月分以降の賃料月額が二七、〇〇〇円であることは認める。
(二) 第二項は認める。
(三) 第三項は認める。
(四) 第四項中、支払間内に催告にかかる賃料の支払をしなかった点は認め、その余は争う。
(五) 第五項第一号は認める。同第二号中被告らが本件建物を占有していることは認め、その余は争う。
三、抗弁
(一) 本件賃料債務はいわゆる取立債務であり、本件賃貸借成立後昭和四四年五月分まで、原告会社は集金に来ていたが、同年六月分以降突如来なくなったのである。
原告会社が取立に来ればいつでも支払えるよう被告玉木は賃料を手許に保管していたもので、債務不履行の責はない。
(二) 仮に本件賃料債務が原告主張のように持参債務であるとしても、被告玉木には次のような事情が存在し、信頼関係を破壊するに至る程度の責任は認められないので原告会社の解除権の行使は信義則に反し許されない。すなわち、
1 原告会社は、毎月予め文書で、集金日を被告玉木に通知したうえ、大体毎月二五日から月末にかけて原告会社の社員が同被告方まで集金に来ていた。以上のような状態は本件賃貸借契約以来四年間続けられてきた。
2 ところが、昭和四四年六月分以降突如として、原告会社は右通知もせず、集金にも来なくなり、その後、請求原因第三項の内容証明郵便が配達された。
3 被告玉木が賃借している本件建物は、いわゆるショッピング・センターの一部をなし、同被告の外にもスナック店、荒物店などの店舗が原告から賃借して営まれ、これらの店舗の家賃も原告会社が集金に来ていた。そして、同被告と同じく、原告会社が集金に来なくなってから三、四ヶ月分の賃料の支払を延滞することとなったが、これらの店舗については原告会社は賃料支払の催告もしなければ、明渡の訴の提起もなされていない。
4 被告玉木は同年一〇月二八日頃、原告会社にそれまでの未払賃料および利息合計一六三、七七六円を提供したが受領を拒絶されたので、止むを得ず、同月三〇日右金員を横浜地方法務局に供託した。
(三) 被告渡辺利司は同玉木の内縁の夫であり現に共同生活を営んでいる。
四、抗弁に対する認否
(一) 第一項は、賃料保管の点は不知、その余の事実は否認する。
(二) 第二項第一号の事実は認める。同第二号は、内容証明郵便配達の点は認め、その余の事実は否認する。同第三は前段の事実および原告会社が集金に行かなくなったとの点は認め、その余の事実は否認する。同第四号の事実は認める。
(三) 第三項は認める。ただし、被告玉木の供託は本件賃貸借契約解除の効果が生じた後のものである。
第三、証拠≪省略≫
理由
一、被告玉木久子が昭和四〇年三月一六日原告会社から本件建物を店舗および住居に使用する目的で、賃借期間は二〇年間、賃料は一ヶ月二三、〇〇〇円と定めて賃借したこと、同被告が、その後値上げされて一ヶ月二七、〇〇〇円となっていた昭和四四年六月分以降の賃料を支払わなかったこと、それにつき、原告会社が同被告に対し、同年八月二四日頃到達の内容証明郵便をもって、同年九月一八日までに同日までの未払賃料を支払うよう、もし右期限までに支払のないときは本件賃貸借契約を解除する旨の催告および停止条件付解除の意思表示をなしたことならびに同被告が右支払期限までに催告にかかる未払賃料の支払をしなかったことは当事者間に争いがない。
二、そこで、右解除の意思表示の効力について検討する。
まず、本件賃貸借における賃料の支払場所の点であるが、≪証拠省略≫によれば、本件賃貸借契約書である甲第一号証の契約条項第四条本文には「賃料は壱ヵ月弐萬参千円也とし毎月(空白)日迄に賃貸人の住所に持参して支払うこと」なる記載があることが認められる。しかし、≪証拠省略≫を併せ考えれば、右契約書は市販の契約書用紙を使用したもので、持参払の字句は印刷にかかる不動文字であるのみならず、右のように支払期日については空白のままとなっていること、契約当初から原告会社は予め今月は何日に集金に伺う旨印刷したはがきで被告玉木に集金日を通知し、社員をして本件建物まで出向かせ賃料を取立てさせていたこと、集金に伺う旨冒頭の摘要らんに記入した賃料領収書(通帳式)が原告会社から同被告に交付されていること、右集金の通知は昭和四三年六月頃からは行なわれなくなり、また、原告会社は、人手不足を理由に、同年八月には今後賃料を原告会社営業所へ持参するよう同被告に通知したものの、昭和四四年五月分の賃料までは社員をして取立てさせていること、別紙物件目録記載の建物の本件建物以外の部分も他に賃貸しているが(この点は当事者間に争いがない)、原告会社はその賃料も取立に赴いていたものであり、それが同年五、六月頃から取立に赴くのを止めたため、それらの賃借人との間においても賃料の支払をめぐって幾つかの紛争を惹起していること、以上の諸事実が認められ、これに反する証拠はない。右諸事実を総合すれば、原告会社と被告玉木との間には、右契約書と異なる賃料を取立債務(支払場所本件建物)とする合意が成立していたものと認めるのを相当とする。前掲証人川端は、本件賃貸借契約上賃料は持参債務と定められていたものであり、取立に赴いたのは便宜的な取扱いであるのに止まる旨供述するが、前掲被告渡辺本人の供述により認められる、原告会社からそのような説明がなされたことのかつてない事実および右証人の供述は前示契約書の記載に基づくものであることに照らせば、右認定を覆えす資料というに足りない。
それから、原告会社が昭和四三年八月被告玉木に対し、今後賃料を持参して支払うよう通知したことは前示のとおりであるが、そのような一方的な通知によって右合意が変更されるものでないことは多言を要しない。
次に、賃料債務の不履行の点であるが、≪証拠省略≫を併せ考えれば、本件賃貸借において、毎月二五日に翌月分の賃料を支払うものと定められていたことを認めるに足りる。前示集金日の通知は右認定の妨げとなるものではなく、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
ところで、前示催告にかかる未払賃料について、右約定の支払期日に、被告玉木が弁済の提供をなしたかどうかは暫くおき、前示催告期間内におけるその有無を判断するに、≪証拠省略≫を併せ考えれば、被告渡辺は被告玉木と内縁の夫の夫婦関係にあるもので、本件建物はもともと被告渡辺が寿司屋営業を営むため、被告玉木名義で賃借し、本件賃貸借契約の締結から賃料の支払等一切被告渡辺においてなしてきたものであるところ、前示催告期間内である昭和四四年八月二八日、同被告は、本件建物から二、三軒先の銀行に、催告にかかる未払賃料相当分を含めて、かなり多額の普通預金をなして、その支払の準備をなし、それは前示催告期間を越えて継続し、その後当事者間に争いがないように供託していることが認められ、これに反する証拠はない。
しかして、本件賃料債務が取立債務であることは前示のとおりであるから、民法第四九三条但書にいう債務の履行につき債権者の行為を要するときに該当するというべきところ、被告玉木は右のように被告渡辺(履行補助者)をして支払の準備をさせ、口頭の提供をしたことにより、債務不履行の責任を免れたといわなければならない。もっとも、被告玉木が右支払の準備をしたことを債権者である原告会社に通知し、その受領を催告したことの主張立証がないが、単に債権者が確定期限に受領に赴けば足りる本件のような場合の債務不履行の責任を免がれるためだけの提供にあっては、必ずしも右通知催告はこれを要しないものと解するのが相当である。
そうとすれば、その点において、すでに、原告会社のなした本件賃貸借解除の意思表示は効力を生ずるに由ないといわなければならない。
三、叙上よりして、さらに判断を進めるまでもなく、原告会社と被告玉木間の本件賃貸借契約はなお存続するというべきであり、また、本件建物が原告会社の所有であり、かつ、被告らがこれを占有していることは当事者間に争いがないが、前示のとおり被告らは内縁の夫婦であるから、いずれも本件賃貸借契約をその正当な権原として援用できるこというまでもない。
よって、原告の請求はいずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 豊島利夫)
<以下省略>